「スーパークロスワード」誌のイラストが完了。
編集部からのお題は、
「意外なお宝か? ガラクタか? 骨董品」
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編集部からのお題は、
「たそがれ時に ひとり佇んで…」
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編集部からのお題は、
「最近めっきり 涙もろいんです…」
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(このブログへの掲載は編集部の許可を得ています)
小説の中に、
自分の知っている場所が出ていると、
読んでいてちょっと嬉しい。
たとえば2年ほど前に読んだ谷崎潤一郎さんの「細雪」。
これは昔の小説にしては読みやすくて、
文章や描写の巧みささでどんどん引き込まれる魅力もあるが、
それに加えて、個人的には、
「阪急芦屋川駅」とか「田中町」とか「夙川」とか「鯉川筋」とか、
親しみのある芦屋や神戸や阪神間の地名や場所が出てくるのが、
昭和初期のものであるとしても、なんだか嬉しい。
そして、最近読んでいる村上春樹さんの小説。
もともと若い頃に幾つか読んだことがあるのだけれど、
知り合いが読み始めたのをきっかけにこのところ、
読んだことのあるものないものも含めて、
短編集を中心に順番にちょっとずつ読んでいる。
で、僕よりも12才年上で多少のズレはあるけれども、
同じ芦屋の浜手で僕の住んでいた家に近い地域で育ち、
神戸の高校に通っていた村上春樹さんの小説にはよく、
「あ、これはあそこだ、あのあたりだ」と解る、
僕にもなじみのあった所が多く出てくる。
芦屋周辺でいうと、
長編『風の歌を聴け』に出てくる「猿のいる公園」や図書館は、
<打出公園>と<旧市立図書館>だし、
長編『1973年のピンボール』に出てくる霊園は、
ウチのお墓もある<芦屋霊園>だし、
短編『めくらやなぎと眠る女』で回想として出てくる病院は、
夙川の河口にある<回生病院>だし、
(回生病院のある反対側の岸の河口の広い浜でよく友達と遊んだ)
短編『5月の海岸線』に出てくるかつて泳いだ海というのは、
僕が子どもの頃にギリギリ残っていたあの海だし、
彼方に追いやられた海岸と立ち並んでいる高層住宅というのは、
その後の埋め立てられた芦屋の海と<シーサイドタウン>の事だ。
ただ物語を読むのだけではなく、
同時にそういった自分の中の記憶を感じながら、
小説を読めるというのは、
結構「シアワセ」なコトだなぁー、
なんてことをしみじみ思いながら、
暑いこの夏を過ごしている。
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そんなこんなです。