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「ラッキー!クロスワード」誌の次の次の号用の、
ヒーローパズル、完了。
おや?!
泣いている人が。
3才の時に、
僕の家族は神戸から芦屋へと引っ越した。
「芦屋」といっても海岸近くの下町地帯で、
僕らの家は小さな分譲住宅だった。
今では世界的にも著名になった、
芦屋で青少年時代を過ごしたある小説家も、
最近の短編小説の中で書いているけれど、
「芦屋」で暮らして「本当のお金持ち」ではない家の子は皆、
やがて他の地域に出たときに複雑な思いをすることになる。
「芦屋です」と言うと必ずと言っていいほどに、
「ああ、お金持ちやな? ボンやな?」と言われる。
「ええとこ住んでるなぁ、ええしの子やな?」と言われる。
実際にお金持ちならばまた違う感情を持つのだろうが、
そうじゃない僕らは仕方なしに笑顔で否定しながらも、
心の中で「もぉー、勘弁して」と思うのだ。
おまけにその会話を聞いていた別の人からやっかみ気味に、
「まぁ、芦屋ゆうてもいろいろあるやろけどな!」なんて、
本来こちらが言うべき言葉を吐き捨てられることもあったりで、
僕らはうんざりして心の中で「やれやれ」と思ったりする。
(先に述べた「世界的な小説家」は、こんな感じの表現をする人です。
今回はその作家を意識していきます。もちろん遠く及ばないけれど)
さらに、
外の街で知り合った者を家に呼んだ場合、
「あれ、予想していた家と違った。でもちょっと安心した」
なんて良心的な表情をしてくれる者ばかりではなく、
「ありゃ、大きくないんか!」とガッカリした表情を隠せない者、
そして、もっと人間的に残念な、
「期限の切れたチケット」みたいな内面をもった人の場合は、
「へへっ、なーんや、芦屋ゆうてて、こんなんか、へへっ」みたいな、
侮蔑的な光を目の奥に無意識的にちゃんと見せながら、
表情はポーカーフェイスを維持しているつもりで、しかし、
何かのとたんに唇の右端がふっと斜めに上がったりするのを、
しっかり目の当たりにしてがっかりとした気持ちになって、
また「やれやれ」と思ったりするのだ。
(「おまえが勝手に大きいと思っていただけやんか」)
まぁ、だからと言って、
そういう感じの人たちは、
何も芦屋の外だけではなく芦屋の中にも沢山いて、
僕らの家を見て唇の右端をふっと上げたりする、
お金はあるけれど人間的には「期限の切れたチケット」みたいに残念な人も、
少なからず居たりもする。
(この「少なからず」という言葉は便利だ)
そういう部分ではある意味、
(「ある意味」も便利だ)
こんな言い方は良くないかもしれないけれど、
(「こんな言い方は良くないかもしれない」も売れ筋だ)
あの街というのは、
「売れ残ったチケットを保管している倉庫」
みたいなところだ。
が、
芦屋のすべてが残念だと言っている訳じゃない。
僕が好きだった芦屋がちゃんとある。
あの空気感というか、立地というか、自然の感じというか、
環境というか、風の流れというか、
その部分で芦屋は悪くなかった。
僕が少年時代から青年時代を過ごした、
時代的にも「ノンビリしていたあの頃」は特にそうかもしれない。
我が家の前の道路は震災のあった1995年まで行き止まりで、
車の通りも少なく前に松林があり、
心のどこかが暖かくなるような穏やかさのあるところだった。
今の芦屋の感じのすべてが、
「あの頃と同じ」だとは言えない。
残念ながらマンションや車が増えて、
全くガッカリな感じに変わってしまったところもある。
けれど、たまに芦屋を訪れて、
場所によっては、
「あ、ここにはあの感じが残っている」というところがまだ、
少なからずある。
(ほんとに「少なからず」は便利だ)
そしてそれは、必ずしも、
「昔のそのまんま」という意味ではない。
さて、
そうやって芦屋にはまだ、
僕が好意的に感じる「独特の風」が残っているとして、
しかし、もう、
どうしても戻せないものもある。
それは、
数年前に芦屋の南の端に人工的に作ったけれど、
やはりそれは違うだろう、というものだ、
また、
「だけど厳密に言うと、江戸時代から昭和にかけても、
多少は変わってきているのとちゃう?」と誰かに言われても、
それでも、それは、あの人工のものとは根本的に違って、
ちゃんと昔からの流れをくんだものだった、
と言い返したくなるものだ。
それは何かというと、
砂浜だ。
長く続く砂浜だ。
僕が芦屋に引っ越して、
はっきりとは解らないけれど、
少なくとも5年は残っていた砂浜の続く海岸だ。
僕は最近、
あの「芦屋の砂浜」にギリギリ間に合って「良かった」と思う。
今はもう、このあたりで、
有名な海水浴場の周辺を除いては、
街の近くで長く砂浜が続くところなどまずない。
いや、もしかしたら、
日本中探しても、海水浴場近隣以外の、
立地がとても便利で大きな都市から電車で20分ほどで、
住宅が沢山建ち並びながらも同時に、
長い砂浜の海岸線を併せ持つところは、
なかなか無いかもしれない。
ちょうど高度成長期で海自体は少し油くさかったけれど、
あの細長い砂浜で走って転げ回って、
手でグーッと砂を押して小さな道を作ったり、
飽きずにずーっと寄せては返す波を見ていたり、
ブツブツと穴の空いた桃の種を「?」と思いながら拾ったり、
ハゼやテンコチを釣ったりカニを取ったり、
砂にまみれる日々をぎりぎり過ごせてほんとに良かったと思っている。
今でも、
たまにあの砂浜の夢を見ることがある。
我が家の木でできた小さな門を開けて、
南に一直線に走っていくとそこから繋がっている、
堤防の上の小さな道に通じる階段をかけ上がって、
さらにその上にある小さな堤防の階段を数段のぼって立つと、
そこに、芦屋の、
砂浜と海があった。
2014年7 月29日 22:04 カテゴリー: ■ [仕事] パズル誌のイラスト, ■ [文章] サノゲンランプ | 個別ページ
NO.0686 神戸市中央区波止場町
2014年5月20日
NO.0685 神戸市中央区波止場町
2014年5月20日
NO.0684 神戸市中央区波止場町
2014年5月20日
NO.0683 神戸市中央区波止場町
2014年5月20日
NO.0682 神戸市中央区波止場町
2014年5月20日
NO.0681 神戸市中央区波止場町
2014年5月20日
NO.0680 神戸市中央区波止場町
2014年5月20日
NO.0679 神戸市中央区波止場町
2014年5月20日
NO.0678 神戸市中央区波止場町
2014年5月20日
NO.0677 神戸市中央区波止場町
2014年5月20日
NO.0676 神戸市中央区波止場町ポートタワー
2014年5月20日
NO.0675 神戸市中央区波止場町ポートタワー
2014年5月20日
NO.0674 神戸市中央区波止場町ポートタワー
2014年5月20日
NO.0673 神戸市中央区波止場町ポートタワー
2014年3月12日
NO.0672 神戸市中央区波止場町ポートタワー
2014年5月20日
NO.0671 神戸市中央区波止場町ポートタワー
2014年5月20日
NO.0670 神戸市中央区波止場町ポートタワー
2014年5月20日
NO.0669 神戸市中央区波止場町ポートタワー
2014年5月20日
NO.0668 神戸市中央区波止場町ポートタワー
2014年5月20日
NO.0667 神戸市中央区波止場町ポートタワー
2014年5月20日
NO.0666 神戸市中央区波止場町ポートタワー
2014年5月20日
NO.0665 神戸市中央区波止場町ポートタワー
2014年5月20日
NO.0664 神戸市中央区波止場町ポートタワー
2014年5月20日
NO.0663 神戸市中央区波止場町ポートタワー
2014年5月20日
NO.0662 神戸市中央区波止場町ポートタワー
2014年5月20日
これまでの「僕に踏まれた風景(タテパノラマ)」はこちら。
それから、
なんで「僕に踏まれた風景(タテパノラマ)」をやり始めたかの説明は、
「No.1〜21」の回のページの写真たちのずっと下の文章に書いてます。
そんなこんなです。
2014年7 月27日 18:10 カテゴリー: ■ [写真] タテパノラマ / 僕に踏まれた風景 | 個別ページ
「ナンクロDX」誌のイラストが完了。
編集部からのお題は、
「鉢の中の小さな宇宙 盆栽」
↓
編集部からのお題は、
「食うか? 食われるか? サバンナ」
↓
(このブログへの掲載は編集部の許可を得ています)
自主的勉強をしていて、
「生物」を学んでいる。
おもしろい。
僕らのような動物を形作っている細胞は、
そのルーツは、もともと「細胞だけの生物」で、
このコたちにはだいだい「酸素」なんてのは毒でダメだった。
このコたちを「もとコちゃん」と名付けてみる。
やがて、
「もとコちゃん」とは別に、
「光合成をして酸素を出す」生物が生まれた。
そのコたちを「みどりちゃん」と名付けてみる。
そこから長い年月が経って、
「みどりちゃん」の作った酸素が地球上に増えてきた。
すると、
今度はまた別の「酸素を使って生きる細菌」が、
「ニューフェイス」として生まれてきた。
彼を「さんちゃん」と名付けてみる。
その「さんちゃん」は「酸素を使える」おかげで、
今までのコたちとは違ってかなり元気だった。
しかも、頭も良かった。
やがて「さんちゃん」は、
「もとコちゃん」に近づいて、
「なぁ、一緒に暮らそうやー」と言って、
グイグイッと「もとコちゃん」の細胞の中に入ってきた。
「もとコちゃん」は「えっ、なにー? コイツー」と思ったが、
受け入れてしまった。
しかし、「さんちゃん」は、
「その代わり、君の苦手なことはボクがしたる」と言って、
「もとコちゃん」が苦手だった酸素から、
見たこともないほどの沢山のエネルギーを作って渡してくれる。
だから、「もとコちゃん」はクラッときて、
その代わりとして、
「さんちゃん」にタンパク質を作ってあげて、
食わしてあげることになった。
そんな風に、
「もとコちゃん」細胞の中に、
「さんちゃん」細菌が入った形が、
僕らの今の細胞のルーツで、
入ってきた「さんちゃん」すなわち酸素を利用できる細菌が、
つまり僕等の細胞の中に必ずある、
のちの「ミトコンドリア」になった、と言われている。
僕等の、
「呼吸」という営みの中の、
最終的な働きである、
ミトコンドリアで「酸素と有機物でエネルギーを作る」ということは、
そもそも「もとコちゃん」と「さんちゃん」の、
「ギブアンドテイク」な、「共に生きる」な、
こういった事らしい。
その証拠に、
細胞全体の核にあるDNAとは別に、
ミトコンドリアは独自のDNAも持っているという。
そう、別々の生き物が1つになった形が、
もともとのボクらの形で、
今もその形が体内にある、
と思うと、
ちょっとオモシロイ。
「人間のルーツはすべてアフリカの一人の母親から」とか、
「体の中のしくみはあーでこーで」とか、
そういうのをイメージするもいいが、
個人的にはもうそういうのはおしまいだ。
これからは、そんなの通り越して、
もっともっと、「そもそも」な、
「自分の体内の、細胞とその中のミトコンドリア」
を頭の中でイメージしよう。
「スーハー」と呼吸しながら、
体内の全細胞に告ぐ。
「いろいろしっかりとたのむからね、
細胞とミトコンドリア!」
ちなみに、
「もとコちゃん」と「さんちゃん」の、
「呼吸」という暮らしができるようになったニューファミリー細胞に、
さらに、
上で書いた光合成をする生物「みどりちゃん」が入り込んできて、
「光合成」もできるようになった同居世帯が、
のちの「植物細胞」で、
その「みどりちゃん」がつまり、
植物細胞の中にある「葉緑体」なった、
のだという。
細かいところ間違っていたら、ごめんなさい。
さらに詳しくは自分で調べてもらえたら。
そんなこんなです。
2014年7 月22日 13:32 カテゴリー: ■ [仕事] パズル誌のイラスト, ■ [文章] サノゲンランプ | 個別ページ
NO.0661 神戸市東灘区鴨子ヶ原
2014年6月25日
NO.0065 神戸市東灘区鴨子ヶ原
2014年1月17日
NO.0660 神戸市東灘区鴨子ヶ原
2014年6月25日
NO.0064 神戸市東灘区鴨子ヶ原
2014年1月17日
NO.0659 神戸市東灘区御影山手
2014年6月25日
NO.0063 神戸市東灘区鴨子ヶ原
2014年2月12日
NO.0658 神戸市東灘区御影山手
2014年6月25日
NO.0062 神戸市東灘区鴨子ヶ原
2014年2月12日
NO.0657 神戸市東灘区御影山手
2014年6月25日
NO.0059 神戸市東灘区鴨子ヶ原
2014年2月12日
NO.0656 神戸市東灘区御影山手
2014年6月25日
NO.0058 神戸市東灘区鴨子ヶ原
2014年2月12日
NO.0655 神戸市東灘区御影山手
2014年6月25日
NO.0057 神戸市東灘区鴨子ヶ原
2014年2月12日
NO.0654 神戸市東灘区御影山手
2014年6月25日
NO.0056 神戸市東灘区鴨子ヶ原
2014年1月17日
NO.0653 神戸市東灘区御影山手
2014年6月25日
NO.0055 神戸市東灘区鴨子ヶ原
2014年1月16日
NO.0654 神戸市東灘区御影山手
2014年6月25日
NO.0054 神戸市東灘区鴨子ヶ原
2014年2月12日
これまでの「僕に踏まれた風景(タテパノラマ)」はこちら。
それから、
なんで「僕に踏まれた風景(タテパノラマ)」をやり始めたかの説明は、
「No.1〜21」の回のページの写真たちのずっと下の文章に書いてます。
そんなこんなです。
2014年7 月20日 15:10 カテゴリー: ■ [写真] タテパノラマ / 僕に踏まれた風景 | 個別ページ
「ラッキー! クロスワード」誌のイラストが完了。
編集部からのお題は、
「秋の夜長に耳傾ける ピアノ名曲を残した巨匠たち」
↓
編集部からのお題は、
「不思議な日本語ワールド! 擬音語&擬態語がオモシロイ!」
↓
編集部からのお題は、
「性格だからかなぁ~ 頼まれたら断れない…」
↓
これを皮切りに、
しばらくパズル誌イラスト続きます。
(このブログへの掲載は編集部の許可を得ています)
先週、
台風が通り過ぎるまでは、
サウナのようにムシムシと暑かった。
台風が通り過ぎたあと、
カッと真夏の様に晴れたのだけれど、
週末あたりからまた、
どんよりとして、
じめじめじめじめじめじめじめじめじめじめじめじめじめじめ
じめじめじぬじめじめじめじめじめじめじのじめじめじめじめ
じめじめじめしめじめじめじめじめじめじめじめじめじめじめ
じめじめじめじめじめじめじめじめじめじめじめじめじめじめ
じめじめじめじめじめじめじめじめじめじめじめじめじめじめ
じめじめじめじめじめじめじめじめじめじめじめじめじめじめ
じめじめじめじめじめじめじめじめじめじめじめじめじめじめ
じめじめじめじめじめじめじめじめじめじめじめじめじめじめ
じめじめじのじめじぬじめじめじめじめじめじめしめじめじめ
じめじめじめじめじめじめじめじめじめじめじめじめじめじめ
じめじめじめじめじめじめじめじめじめじめじめじめじめじめ
としている。
(「し」と「ぬ」と「め」が2個づつ隠れているよ!探してね!)
(あっ、検索使っちゃダメだよ!)
そろそろ梅雨、あけてくれないか。
そんなこんなです。
2014年7 月14日 11:54 カテゴリー: ■ [仕事] パズル誌のイラスト | 個別ページ
NO.0651 神戸市中央区加納町
2014年3月12日
NO.0650 神戸市中央区布引町
2014年3月12日
NO.0649 神戸市中央区加納町3丁目交差点
2014年3月12日
NO.0648 神戸市中央区加納町3丁目交差点
2014年3月12日
NO.0647 神戸市中央区加納町3丁目交差点
2014年3月12日
NO.0646 神戸市中央区布引町アカデミーバー
2014年3月12日
NO.0645 神戸市中央区布引町イスズベーカリー
2014年3月12日
NO.0644 神戸市中央区布引町
2014年3月12日
NO.0643 神戸市中央区布引町
2014年3月12日
NO.0642 神戸市中央区布引町
2014年3月12日
NO.0641 神戸市中央区布引町
2014年3月12日
NO.0640 神戸市中央区布引町
2014年3月12日
NO.0639 神戸市中央区生田町
2014年3月12日
NO.0638 神戸市中央区布引町
2014年3月12日
NO.0637 神戸市中央区新神戸オリエンタルアベニュー
2014年3月12日
NO.0636 神戸市中央区新神戸オリエンタルアベニュー
2014年3月12日
NO.0635 神戸市中央区新神戸オリエンタルアベニュー
2014年3月12日
NO.0634 神戸市中央区新神戸オリエンタルアベニュー
2014年3月12日
NO.0633 神戸市中央区新神戸オリエンタルアベニュー
2014年3月12日
NO.0632 神戸市中央区新神戸オリエンタルアベニュー
2014年3月12日
NO.0631 神戸市JR新神戸駅
2014年3月12日
NO.0630 神戸市JR新神戸駅
2014年3月12日
これまでの「僕に踏まれた風景(タテパノラマ)」はこちら。
それから、
なんで「僕に踏まれた風景(タテパノラマ)」をやり始めたかの説明は、
「No.1〜21」の回のページの写真たちのずっと下の文章に書いてます。
そんなこんなです。
2014年7 月12日 10:23 カテゴリー: ■ [写真] タテパノラマ / 僕に踏まれた風景 | 個別ページ
前も書いたと思うけれど、
ここ2.3年、Eテレ(昔の教育テレビ)を好んで見ている。
個人的にだけれど、
民放はもう「大の大人が年中はしゃいでいる」みたいにしか思えず、
NHK総合もバラエティっぽい番組が増えて、
スペシャルもの以外はあまり見ない。
で、僕には、
Eテレが面白い。
去年は、
「ムジカピッコリーノ」「考えるカラス」「高校講座・芸術」
あたりが面白かった。
で、今年。
「考えるカラス」「高校講座・芸術」は去年と同じものを流している。
けれど、
「ムジカピッコリーノ」は続編だ。
それも含めて、今年面白いと思うEテレ番組を。
●「ムジカ・ピッコリーノ」
あちこちで故障した、
音楽を奏でるモンスター「モンストロ」を、
ムジカドクターとその一行が治療をしながら旅をする、
「ムジカムンド」という架空の世界のストーリー。
毎週、新旧洋邦問わずの有名曲が題材になっていて、
解説のシーンでいろんなジャンルの名曲を紹介。
また、音楽にまつわる知識も学べる。
去年、その形をとりながらストーリーが終わった。
で、続編として、
同じ登場メンバーが新たな旅をしている。
今まで治療をしてきた「モンストロ」の様子がおかしい。
そんな感じ。
●「ロンリのちから」
これがなかなかおもしろいと思って見ている。
「論理」というものをわかりやすく解説していく番組。
なんだけれど、ずっとつながっているドラマ仕立て。
高校生の映像部の主人公3人が、
毎回何か疑問やトラブルやとまどいを抱える。
そこへ、顧問の先生(緒川たまきさん)がやってきて、
論理的に解決していく。
ちょっびりサスペンス風で、ファンタジックな雰囲気。
●「東京特許許可局(天テレドラマ)」
ミニドラマ。
へんてこな特許許可局があって、
毎回へんてこな発明のへんてこ申請者のところへ、
審査するために女性スタッフふたりが会いに行く。
時に、許可されたりされなかったり。
その折りに、申請者の抱えている問題が解決したり、
申請者が成長したり。
いわゆる、ハートウォーミングドラマ。
●「高校講座」全般
去年、高校講座の「芸術」と、
「日本史」「世界史」も観ていたけれど、
今年は、もっと全般を録画して時間のあるときに観ている。
昔の高校講座のイメージだと、
「先生とアシスタントの女性が出てきて勉強を解説する」、
という感じだったのだけれど、
今はほとんどの番組がちょっとそうじゃない。
ほとんどの番組に「芸人」が出ているか、
若い女性タレントとか、
まだ売り出し中であろうアイドルやタレントが出ている。
番組によってはなかなかオモシロかったりする。
僕は、もともとが文系なので、
特に理系の「生物」「科学」「物理」「数学」は、
力を入れて観ていて、
「勉強」の延長でノートとったりもしている。
で、
ここに書いた番組は、
ほとんどが、長くて20分。
この短さもいい。
以上、
今年のEテレについて。
さぁ、
台風がずっと南の方に。
そんなこんなです。
2014年7 月 9日 18:58 カテゴリー: ■ [近頃] 今の様子 | 個別ページ
このあいだまで、
仕事に使っていたパソコンに、
数ヶ月の間張りっぱなしのメモがあった。
これと、
これ。
これは何かというと、
「ブログに書こう」と思って覚え書きしておいた、
ネタのメモだ。
でもなんかもう、
あまりに時間が経ちすぎると書こうという気持ちも薄くなるし、
とりあえず、すべてボツにすることにした。
この走り書きだけでは、
いったい何のことなのかわからないと思うので、
上から順番に説明してみると。
●1人、シーズン制
なんか、
ただダラダラと生きるだけではなく、
その時々に応じて、
例えば、
「この秋まではウルトラ勉強シーズンです」とか、
「しばらく私は、孤高シーズンに突入です」とか、
1人で勝手に「シーズン制」を取って、
その期間はその姿勢で貫くのはいいのじゃないかと、
そんな風なことを書こうと思ってメモした。
ほら、
プロスポーツの監督などが、
「今年はチームワークに徹するシーズンにしたいですね」
とか言っているああいうのを、
個人が気持ちの中で定めると、
ただなんとなく日々を過ごすよりいいんじゃないかと思って。
●昔はひとえ、そのうちに片二重、
数年前から両ふたえ
僕の目は、
というか「まぶた」は、
子供の頃から両方とも一重だった。
20代くらいから、
左目がたまに二重になるようになって、
30代はそのままずっと「片二重」だった。
40代になって、
今度はたまに右目も二重になるようになって、
50才前後で完全に両方とも二重になってしまった。
しかし、
最近、なんだか、両方とも奥二重っぽくなって、
パッと見、一重に見えることがある。
うーんこれからどうなるのだ?
なんてことを。
●ゆるーに、でも、チャッチャッと
いろんな人を見ていると、
特に物事をチャッチャッとする人というのは、
どうもキーッてな感じの場合が多いようで。
たとえば、スーパーに買い物に行ったりすると、
とてもキレイな女性がサッサカサッサカと、
買い物をしているのはいいのだけれど、
なんだか「キリキリ」オーラを発していて。
「怖いなぁ」と思ったりする。
「ほっといてよ!」なのかもしれないけれど、
コワイコワイ。
もちょっと、
いや、もう、
人がどうとかというのではなく、
これは自身の悔い改めや注意がメインなのだけれど、
「ゆるーに」、
でも、
「チャッチャッと」したいものだなぁと。
そうありたいなぁ。
そのほうがカッコよく、
周囲も穏やかではないか?
きっと「ゆるー」と「チャッチャッ」と両立する。
と、
いうようなことを、
書こうかと。
●夙であたまぶつけて降りた女性
「夙」というのは「夙川」という事で、
そもそもは、
西宮市と芦屋市の境目近くを流れている川の名前なのだけれど、
この場合は、
阪急電車の「夙川駅」をさしている。
もう何年前になるのだろうか。
少なくとも15年はたっていると思う。
もっとかな?
大阪で飲んだ帰りだったと思う。
おそらく終電じゃないかと思うのだけれど、
正確なところは覚えていない。
僕が座っていたのと同じシートに、
距離を置いて若い女性が座っていた。
たぶん、酔っていたんじゃないかと思う。
彼女はずっと寝ていて、
夙川駅に付くと慌てて立ち上がった。
その時に、
つり革の輪っかで頭をぶつけた。
僕はついそれを見てニコッとしてしまったのか、
それに気づいた彼女は僕のほうを見て、
照れくさそうに「えへっ」と笑った。
その顔がとても可愛いかった。
160㎝前後の美人さんだった。
彼女はそのまま小走りに駅を降りて、
電車はまた発車した。
それだけのことなのだけれど、
なんだかとても印象的で、
今でも覚えている。
で、その彼女は今、どうしているのだろう?
人間て、誰しも誰かと、
一瞬でも何かしらの関わりあって、
みんなそれぞれ、
時間がたって暮らして行っているだよなぁ。
なんてことを、
もっとアレコレつらつらと書くつもりだった。
●颯爽のそうの字
「颯爽」とか「爽快」とか「爽やか」などの、
「爽」=「そう」の字。
大きくすると、
爽
この漢字のもともとの形は、
こんな形だそうで、
大人を表す「大」と、
その両胸の分かれた「乳房」、
もしくは両胸の「入れ墨」を表しているらしい。
けど、
僕はなんだかいつもこの、
爽
の字を見ると、
こういう絵を想像する。
↓
なんて、
アホなことを書こうかと。
とかなんとか言いながら、
ボツにしたネタを、
こやって全部ブログに使ってしまう、
という今回のネタ。
これまで。
おまけに、
ずっとあったメモもこれで捨てられる。
パソコン周りもスッキリと。
そんなこんなです。
2014年7 月 7日 19:24 カテゴリー: ■ [文章] サノゲンランプ | 個別ページ
「おもしろアロー&スケルトン」誌の、
うさピョンイラストパズル完了。
7月になった。
以前、一日に4、5杯飲んでいたコーヒーも、
今は多くて一杯。
飲まない日もある。
若い頃は、
「コーヒーをガブガブ飲む」というのが、
ちょっと格好良く思えた。
たぶんそれは突き詰めたら、
生まれてからのどこかで観た、
テレビのイメージ。
「テレビのイメージから」なんてものはもう、
クシャクシャと丸めてポイ。だ。
昔、読んだ本を読み返してみる。
好きだった物語でも、
しばらく経っていると細かい部分はあやふやで。
でも、読み返してみるとすぐに、
立ちこめていた霧がさーっと晴れるように、
気分ごとその場所へ戻っていくような感じで。
よし、
というので、
「他の昔読んだあの本も」なんて読み返そうと、
保管場所を探してみるけれど無かったり。
おそらく、いつかどこかの時点で処分したんだろう。
「踏ん切りがいい」のも考えもので。
だから、もう一度読もうと思って、
Amazon.jpのサイトに行って、
「カートに入れる」をカチッと押したりする。
こんな風に手放したり、また手に入れたり。
人生というものは、人というものは。
まったく。
昔はみそ汁は作るものではなく、
作ってもらうものだった。
自分ではせいぜい「味噌汁の素」を買ってきて、
インスタントに作るものだった。
今は、
「みそ汁の具は何にしようか?」と、
ぐるぐる考えながら、
くるくると食料品売り場を歩きまわって。
そういえばちょっと前まで、
「料理も作品つくりのようなものです」なんて、
格好つけたバカみたいなことを言ったりしてた。
そういうことを言うと喜びそうな人には、
ことさらそんなこと言ったりして。
けど、
もうそんなことを言うのはおしまい。
私がわるうございました。ごめんなさい。
今は、「生きるためのエネルギーを体の中で作るため」と、
「あっ、おいしいーっ」とうれしい気持ちになるだけ、
のためにきまってるやん。
それ以外に、何があるのん?
仕事を通じてパソコンを触り始めたころ、
90で始まる年代の最初あたりの頃、
「このパソコンがどんどんと普及して進化すると、
かなり色んなものがラクになるんじゃないか」と思えた。
けれど今、
パソコンを持っていると、
最新の状態についていこうとする度に、
結構なかなか手間だったりする。
加えて、
パソコンでいろんなことをアレコレしようとすると、
ニコニコとした「宣伝という誘惑の世界」では教えてくれなかった、
「あんなことフルセット」や「こんなこと大全集」なんて面倒も、
一緒にもれなく付いてくる。
例えると、
「馬を飼うと、歩かずにいろんなところへ行けてラクだよ」
なんていうので飼ってみると、
実際は世話が大変だった。なぁ、アオよ。
みたいな。
違う?
とにかく、
「ラクばかり」なんてものは、
最終的には無いのかもしれない。
それよりも、
去年あたりからの思いは、
「丁寧に」。
随分と前からの、
「これはこうだから、こうしないと」
というのが、もうかなりズレてきていると思う。
「表面的」で済ましていたアレコレも、
もうなんだか通用しない気もしてきている。
「なんちゃって〜」とか、
「なんとか風〜」も、
なんかもう薄っぺらでどうでもいいよな気がする。
「80年代ちゃうねんで。いつまでやってるん?」
とそう思ったりする。
だからといって、
「それに変わるのは今、〜だ」なんて結論は出ない。
そんな考え方こそ、「80年代風」だなぁ。
まぁでも、
いいじゃないか。
夏だ!
何といっても夏だ!
夏ぢゃあないか!
テレビぶっとばして、
ITは手際よく世話をしたら週に何度かは牧場に放ち、
青い空を何度も眺め、
おいしく食べてエネルギーを体内に生み出し蓄え、
いろんなものを手放したり手に入れたり、
暑いけれどちゃんと丁寧に、
秋まで進んで行こう。
なーっ。
|トゥルットゥー(そうだねポー)/
そんなこんなです。
2014年7 月 4日 19:45 カテゴリー: ■ [文章] サノゲンランプ, ■ [文章]いろんなコトにアレコレ想う, ■ [近頃] 今の様子 | 個別ページ
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