去年買って、
ずっと読まずにいた雑誌を、
ようやく読み終えた。
その中の連載で、
美術史学者の辻惟雄(のぶお)さんのエッセイに書かれていたことで、
「なるほどなぁ」と思ったことがあった。
それは、
中国の昔の思想家の荘子が書いた著作『荘子』にあるくだりで、
「機械アルモノハ必ズ機事アリ 機事アルモノハ必ズ機心アリ」
と言う一文。
で、その辻さんが読んだ福永光司さんという人の談話では、
その荘子の一文をこのように解説していたと書いている。
「人間は便利な機械を持っていると、
必ずすべてのことが機械で処理できると思ってしまって、
まったく機械のような心になってしまう」
そして、辻さんは、
「人類の状況そのものを恐ろしいまでに言い当てている」
とまとめている。
うむ、そうやなぁ、
僕の知っている人の全てが機械みたいになっているとは思わないが、
それでもやはり、
「原発事故のあとの電力会社の対応のニュース」とか、
「スマホを無機質な顔でじーっと見ている街や電車でのヒトの顔」とか、
そういうのを自然にパッと思い起こしてしまった。
人はともかく、
せめて自分はそのあたりを、
淡々としていたとしても、
ちょっと心しておきたい。
とそんなことをふんわりと思ったりする。
それにしても、
2300年前にもすでに、
ヒトにはそんな状況の時もあったんや。
なんだか今年の寒さは、
結構身にしみる気がするのだけれど、
他の人はどうなんだろうか?
そんなこんなです。