昔、一緒に暮らした祖母(母の母)は、
しょっちゅう、
宝塚にある清荒神さんにお参りをしていた。
清荒神と書いて「きよし こうじん」と読む。
清荒神さんは正式には真言宗の清澄寺というが、
神仏習合で境内には荒神社が祀られていて、
「かまどの神さま」=台所の神さまとしても信仰されている。
祖母はそこへ行ってお札をもらってきては、
台所の食器棚の上に設えた神棚に納めたりしていた。
そして、
時には僕たち家族を連れて、
また時にはササッと一人で、
頻繁に荒神さんにお参りしていた。
そういう訳で、
荒神さんには、子供の頃、家族と共に、
何度もお参りした。
その参道の途中に、
荒神さん名物のたこ焼きがあって、
それは「明石焼き」のようにダシで食べるたこ焼きなのだけど、
一般の「明石焼き」と違って6個ほどが最初から小皿に入って、
ダシに浸かった状態で出てくる。
それがほんとに美味しかった。
だから、チビッコだった僕は、
密教の仏とか神仏習合なんてもちろん解っちゃいないので、
「荒神さん」=「おいしいたこ焼きが食べられる」がメインの、
お参りだった。
ふと、
荒神さんに行ってみたくなった。
ほぼ一ヶ月前のことだ。
最後にお参りしたのはいつだろう、
はっきりは憶えていないけれど、
おそらく家族に付き合って、
もう20年以上、いや、
下手したら30年近く行っていないかもしれない。
行ってみた。
駅を降りると長い長い参道が続く。
両脇にいろんなお店が並ぶ。
子供時代にお参りした時は、
大抵は電車を使わずに父親の運転する車で、
直接荒神さんの近くまで行って降りることが多かったので、
ここは懐かしいという感じはあまりしない。
けれど、最近、
大阪にしても神戸近隣にしても、
「ピカピカでツルツル」な建物や街並が増えたので、
こういう延々と続く「人間くさい感じ」は妙に嬉しい。
「来てヨカッタな」と強く思う。
途中、例のたこ焼き屋の屋台の前を通るが、
閉まっていた。
うーん、あそこは土日だけしかやっていないのか?
それとも平日ならば、
午前のもっと早い時間にくればやっているのか?
やがて、境内に到着。
ここはほんとに上がったり下がったり。
いろんなお参りが出来る。
こういう例えはイケナイのかもしれないが、
「神仏のワンダーランド」という気がする。
しかし、昔に来たのはいつも日曜で、
もっと人がいて屋台も山門あたりまで出ていて、
わいわいとニギヤカだった印象があったけれど、
平日なのだからか、とても静かだ。
新緑も綺麗。
そして、奥にある滝の方へ。
これはここに来てから思い出した。
そうそう、いつもおばあちゃんを先頭に、
この奥にある滝へ向かったなぁ、と。
よっく目をこらして見ると、
左の奥に、「お不動さん」がいらっしゃる。
神戸からも大阪からも、
そう遠くないところに、
こんなところがある。
たぶん、祖母と一緒に暮らしていなかったら、
ここは知らずにいたかもしれないし、
ここに対して親しい思いはなかったかもしれない。
本来は祖母と暮らす筈だった伯父方のいとこは、
それが無かったので結局、
荒神さんという場所にこういう深く広がるような感覚は、
無いだろう。
ここが、
彼女(祖母)が足繁く通って僕たちの安泰を願った、
そしてその後僕たちが何かに守られて過ごすことのできた、
原点のうちの1つだ。
知ってて良かった。
そんなこんなです。