もう南の方では梅雨が明けたと云う。
こんなに早くに梅雨が始まって明けた話等は聴いた事が無い。
長袖でも何と無く居れる気もするが、
少し動くとじっとりと汗が出て仕方がない。
湿度が高いせいだろう。
長袖で居たりそれを脱いで半袖に成ったりする訳である。
気分的に落ち着かない。
前々稿で以前この近くにいたシロと云う犬の話を少し書いた。
其れで今日思い出したことがある。
あの道を通りシロの姿を見かける度にその頭を撫でたり話かけたり、
そんな事をして居た10年位前のある冬の日の事で或った。
その日はもう7時半を回って居たのだろう辺りは既に暗くなり、
外を歩いて居た僕は山手幹線の歩道を部屋に向かって進み、
丁度シロの飼われている家の手前に差し掛かった頃に、
その家の小さな門の前に黒い塊を見つけた。
前まで行って見るとそれはシロで或った。
今までそんな時間にシロが表に出されているのを見た事が無かった。
夕刻に通りかかると繋がれていても、
辺りが暗くなると居ないのが常であった。
「どうしたのだろうか」と思いながらその家を眺めると、
通りから見える引き戸のガラスや窓は暗く明かりは消えていた。
家の者は居ない様だった。
冬であるからその日もそこそこに寒い日だった。
「シロ、どうしたん?」と話しかけ乍らその丸まった背中を撫でてやると、
シロは目を開けて横目でチラリと此方をみたが、
直ぐに又延ばした前足の間に顔を埋めて目を閉じた。
暫くそうやって撫でて居たが何時迄もそうして居る訳にも行かない。
気には掛かりながらもその場を離れて部屋へと帰った。
しかし、部屋に入ってからもどうも心配で成らない。
「シロはお腹を空かしているのでは無いか」と思い、
思い立って冷蔵庫を開けて食べ物を探した。
先日買って入れて置いた肉まんが有ったのでそれを手で半分にして、
水の入ったペットボトルと紙コップと共に手に持ち再び外に出た。
この時間の間に家の人が帰りシロが中に入っていますようにと、
願いながら戻ってはみたがしかしシロは未だ丸く成って其処に居た。
肉まんをやってみた。
シロは少し食べて味が気に入ら無かったのか冷たくて駄目であったのか、
直ぐにまた顔を足の上に戻した。
水をやってみた。
舌を出し少しペロリと舐めてやはりまた顔を足の上に戻した。
うーむ、此れ以上は仕方が無い。
この食べ残しの肉まんと紙コップは帰って来た家の者にとっては、
迷惑千万で或るかも知れ無いなぁと思い乍らも、
僕は取り敢えず肉まんと水をそのままシロの顔の前に置いて、
再び部屋に戻った。
それでもやはりその後も気になって仕方無いので、
さらに時間の経った夜の11時頃に成って再び靴を履いて外に出て、
シロの家の前までやって来た。
すると今回はシロはそこには居らず家にも明かりが点いていた。
「ああ、良かった」と今度こそ本当に安心をして、
部屋へと戻った。
あの時、帰って来た家の者はどう思ったのだろうか。
「何処かの誰かが勝手にエサを与えて困る事だ」と思ったのであろうか。
確かに余計なお節介ではあったのだが、
「きっと何処かの誰かがシロがお腹を空かしているのではないかと、
心配して持って来てくれたのかも知れない」と思って貰えていたので有れば、
こんな馬鹿な男も救われるのである。