「ラッキー!クロスワード」誌の次の次の号用の、
ヒーローパズル、完了。
おや?!
泣いている人が。
3才の時に、
僕の家族は神戸から芦屋へと引っ越した。
「芦屋」といっても海岸近くの下町地帯で、
僕らの家は小さな分譲住宅だった。
今では世界的にも著名になった、
芦屋で青少年時代を過ごしたある小説家も、
最近の短編小説の中で書いているけれど、
「芦屋」で暮らして「本当のお金持ち」ではない家の子は皆、
やがて他の地域に出たときに複雑な思いをすることになる。
「芦屋です」と言うと必ずと言っていいほどに、
「ああ、お金持ちやな? ボンやな?」と言われる。
「ええとこ住んでるなぁ、ええしの子やな?」と言われる。
実際にお金持ちならばまた違う感情を持つのだろうが、
そうじゃない僕らは仕方なしに笑顔で否定しながらも、
心の中で「もぉー、勘弁して」と思うのだ。
おまけにその会話を聞いていた別の人からやっかみ気味に、
「まぁ、芦屋ゆうてもいろいろあるやろけどな!」なんて、
本来こちらが言うべき言葉を吐き捨てられることもあったりで、
僕らはうんざりして心の中で「やれやれ」と思ったりする。
(先に述べた「世界的な小説家」は、こんな感じの表現をする人です。
今回はその作家を意識していきます。もちろん遠く及ばないけれど)
さらに、
外の街で知り合った者を家に呼んだ場合、
「あれ、予想していた家と違った。でもちょっと安心した」
なんて良心的な表情をしてくれる者ばかりではなく、
「ありゃ、大きくないんか!」とガッカリした表情を隠せない者、
そして、もっと人間的に残念な、
「期限の切れたチケット」みたいな内面をもった人の場合は、
「へへっ、なーんや、芦屋ゆうてて、こんなんか、へへっ」みたいな、
侮蔑的な光を目の奥に無意識的にちゃんと見せながら、
表情はポーカーフェイスを維持しているつもりで、しかし、
何かのとたんに唇の右端がふっと斜めに上がったりするのを、
しっかり目の当たりにしてがっかりとした気持ちになって、
また「やれやれ」と思ったりするのだ。
(「おまえが勝手に大きいと思っていただけやんか」)
まぁ、だからと言って、
そういう感じの人たちは、
何も芦屋の外だけではなく芦屋の中にも沢山いて、
僕らの家を見て唇の右端をふっと上げたりする、
お金はあるけれど人間的には「期限の切れたチケット」みたいに残念な人も、
少なからず居たりもする。
(この「少なからず」という言葉は便利だ)
そういう部分ではある意味、
(「ある意味」も便利だ)
こんな言い方は良くないかもしれないけれど、
(「こんな言い方は良くないかもしれない」も売れ筋だ)
あの街というのは、
「売れ残ったチケットを保管している倉庫」
みたいなところだ。
が、
芦屋のすべてが残念だと言っている訳じゃない。
僕が好きだった芦屋がちゃんとある。
あの空気感というか、立地というか、自然の感じというか、
環境というか、風の流れというか、
その部分で芦屋は悪くなかった。
僕が少年時代から青年時代を過ごした、
時代的にも「ノンビリしていたあの頃」は特にそうかもしれない。
我が家の前の道路は震災のあった1995年まで行き止まりで、
車の通りも少なく前に松林があり、
心のどこかが暖かくなるような穏やかさのあるところだった。
今の芦屋の感じのすべてが、
「あの頃と同じ」だとは言えない。
残念ながらマンションや車が増えて、
全くガッカリな感じに変わってしまったところもある。
けれど、たまに芦屋を訪れて、
場所によっては、
「あ、ここにはあの感じが残っている」というところがまだ、
少なからずある。
(ほんとに「少なからず」は便利だ)
そしてそれは、必ずしも、
「昔のそのまんま」という意味ではない。
さて、
そうやって芦屋にはまだ、
僕が好意的に感じる「独特の風」が残っているとして、
しかし、もう、
どうしても戻せないものもある。
それは、
数年前に芦屋の南の端に人工的に作ったけれど、
やはりそれは違うだろう、というものだ、
また、
「だけど厳密に言うと、江戸時代から昭和にかけても、
多少は変わってきているのとちゃう?」と誰かに言われても、
それでも、それは、あの人工のものとは根本的に違って、
ちゃんと昔からの流れをくんだものだった、
と言い返したくなるものだ。
それは何かというと、
砂浜だ。
長く続く砂浜だ。
僕が芦屋に引っ越して、
はっきりとは解らないけれど、
少なくとも5年は残っていた砂浜の続く海岸だ。
僕は最近、
あの「芦屋の砂浜」にギリギリ間に合って「良かった」と思う。
今はもう、このあたりで、
有名な海水浴場の周辺を除いては、
街の近くで長く砂浜が続くところなどまずない。
いや、もしかしたら、
日本中探しても、海水浴場近隣以外の、
立地がとても便利で大きな都市から電車で20分ほどで、
住宅が沢山建ち並びながらも同時に、
長い砂浜の海岸線を併せ持つところは、
なかなか無いかもしれない。
ちょうど高度成長期で海自体は少し油くさかったけれど、
あの細長い砂浜で走って転げ回って、
手でグーッと砂を押して小さな道を作ったり、
飽きずにずーっと寄せては返す波を見ていたり、
ブツブツと穴の空いた桃の種を「?」と思いながら拾ったり、
ハゼやテンコチを釣ったりカニを取ったり、
砂にまみれる日々をぎりぎり過ごせてほんとに良かったと思っている。
今でも、
たまにあの砂浜の夢を見ることがある。
我が家の木でできた小さな門を開けて、
南に一直線に走っていくとそこから繋がっている、
堤防の上の小さな道に通じる階段をかけ上がって、
さらにその上にある小さな堤防の階段を数段のぼって立つと、
そこに、芦屋の、
砂浜と海があった。