当時僕は実家に住んでいて、
大阪にあったデザインやイベントの企画制作会社で働いていた。
僕が働きだして数年してから、
「コンちゃん」と呼ばれる新しい社員が、
その会社に入ってきた。
自分には「偶然による妙なご縁」 の力が人よりも結構強いという星がある、
という種類の人間だというコトを僕自身がまだ自覚していない頃だった。
彼は、
偶然にも僕の家の裏手に住んでいる、
子供の頃にも何度か見かけたこともある男だった。
「え? そうなの?」と驚いた。
そういうことで、
その後僕とコンちゃんは、
彼の車で一緒に帰ったり一緒に出社することがたびたびあった。
僕はその会社では契約社員という立場で、
時間的には比較的自由にさせてもらっていた。
忙しい時は続けて夜の11時くらいまで働くこともあったが、
余裕のある時は状況に合わせて遅くに出社しても問題なく、
全く作業が無いときは平日でも休ませてもらう、
そのかわり、仕事の多い時は休日でも出社する、
という半自己管理的な労働システムをとっていた。
一方コンちゃんは正社員なので基本的には9時出社だった。
だから、二人の出社時間が重なる時は少なかったが、
前日の夜に会社から車で家まで送ってもらって、
「サノやん明日会社9時やったら一緒に行く?」という話になって、
朝一緒に彼の車で会社に行くこともあった。
それからたまにあったのが、
午前10時ころに、
「サノやん今日会社行く? 行くんやったら送るけど」と電話があって、
車に乗るとすぐに、
「サノやん、お願いあるねんけど。今日は今まで、
一緒に打ち合わせに行って僕が遅くなったというコトにしといてくれへん?」
なんてことをヘイキで言う、
ちょっと小ずるく嘘つきなところのある「チビッコ」な奴だった。
そんなある時、
2月の冬の寒い日だった。
10時くらいだったか、
さぁ今から会社に出かけようと準備を済ましたころに、
コンちゃんから例によって、
「サノやん、一緒に会社いかへん?」と電話があった。
すでに「もう出掛けるだけ」の状態だった僕は、
玄関先で座って彼がやってきてチャイムを鳴らすのを待っていた。
しかし、
彼はなかなか来ない。
彼が家を出て近くの駐車場まで歩いて僕の家の前まで車を移動させてくるまで、5分とかからない。
なのに、5分過ぎても、10分過ぎても、15分過ぎても来ない。
「何してんねん、もぉ、僕が出社予定時間に遅れるやないか」と、
相変わらずの人を振り回しぶりに呆れていた頃に、
20分くらいたってようやくチャイムが鳴った。
腰を上げてドアを開けると、
門の向こうにウレシそうな顔をしたコンちゃんが立っていた。
「おまえ、遅いやんかぁ」と言いながら彼の後ろを見ると、
今までの赤い車とは違う、
白い車があった。
思い起こせば少し前に彼は、
「サノやん、新しい車を買ってん。
屋根を外すことが出来てオープンカーにできるねん。
すごいと思わへん?」と言っていた。
そうか、納車されたのか。
で、彼の後ろの白い車を見た。
屋根が外されてオープンカーになっている。
「な、な、サノやんすごいやろ? カッコいいやろ? な、な」
と言った。
僕は外に出てその白い車を眺めて、
「屋根は?」と聴いた。
すると彼は、
「さっき外してん。ネジを外したら外れるねん。
外した屋根は後ろのトランクに収納するねん。どう?
なぁ、サノやんどう? カッコいいとおもわへん?」
と言った。
「え?! おまえなぁ、これで行くつもり!? この寒さで?」
「うん、カッコええやん」
そうか、
僕に電話をしてから過ぎた20分は、
この車の屋根を外していたのか。
2月である。
いい天気の日とはいえ、
冬である。
"勘弁してよぉ"と思ったけれど、
すでに僕の予定より20分ロスしている。
今から電車には切り替えられない。
屋根を付けさせたとしたらさらにまた時間がかかる。
いや、屋根を付けてとお願いしても、
絶対にコンちゃんは付けない。
僕への自慢と自分の「カッコイイ」の為に、
なんとしてでもオープンにしたいのだ。
言うまでもなく見えている。
覚悟を決めた。
僕が前日にデザイナーのモリモトさんにお願いされている時間に会社に入るには、
コンちゃんの車に乗って行くしかない。
ブルゾンのジッパーをシュッと上まで上げて、
僕は助手席に座った。
コンちゃんは相変わらず「な、サノやんどう? この車どう? どう?」
と言いながら車を走らせた。
フロントウインドウがあるとはいえ、
回り込んでくる風が顔を切る。
寒い。
なんで2月にオープンカーで走らなあかんねんよ。
しかも、さっきまで屋根がちゃんと付いていた車でよ。
そう思いなから助手席で縮こまっていると、
車は右に回って43号線に入った。
すぐに僕は「ハッ」と思って言った。
「コンちゃん、このまま下から行こうな。寒いから」
この時間なら空いていてこのまま走ってもダイジョウブかもしれないし、
少し遅れてモリモトさんに叱られる覚悟もした。
けれど、こういうときに、
人の気持ちや意見などまったく関知しない、
いつもながらのチビッコのコンちゃんだった。
「ええねんサノやん。遅くなって申し訳ないから、急いで行くわ」
彼は一方的に言って、車を左の車線へとハンドルを動かし、
阪神高速の入り口の坂を上り始めた。
坂を上り切って本線と合流して、
車はスピードを上げて風はびゅうびゅうと体を冷やした。
僕は出来るだけシートに体を沈めて姿勢を低くして、
一応風を避けたけれどやはり風はびゅうびゅうと体を冷やし、
風と車の音が混ざって「ごぉぉぉぉぉっ」と大きく耳に響いた。
寒い。
僕は運転しているコンちゃんを見た。
コンちゃんは少し青白い顔しながら、
「ええやろー、かっこええやろー?この車ーっ!なー?! サノやーん!!」
と、
ウレシソウにチビッコの顔で、
大きく叫んだ。