でも僕は、
部屋のパソコンの前に座って、
友人の会社のウェプサイト作りの仕事をしていた。
お昼をすぎて数時間たったくらいだったか、
チャイムが鳴ったのでインターホンに出ると、
その訪問者の声は緊張した感じの、
かすれたようなうわずったようなそんな声で、
意味も声色もうまく聞き取れなかった。
けれど、
僕はすぐに直感でピンときて、
それがそのコだということがわかった。
「え? そうか、挨拶にきたか、そぉかぁ来たのかぁ」
そう思った。
ふと手を見ると、
さっき火をつけたばかりのタバコがあった。
一度灰皿に置きかけて、
すぐにこう思い直した。
「あ、これ、持って出よう」
そのころ僕は、
彼女との間のやりとりでの中であえて、
「タバコ」という言葉をキーワードの1つにしていた。
まだ引っ越し先に居たときに出したメールでは、
「タバコをやめられない、あかんヤツやろ」と自分で書いたし、
こちらに戻ってすぐに廊下で出くわして、
「しんどそうな顔してるな」と言われた時には、
「タバコやめたからなぁ」と言った。
その「タバコ」というキーワードはきっと、
彼女の心の中にひっかかって、
そして彼女の周りの人たちにも伝わって、
きっとアチコチで語られるんじゃないかと。
「禁煙」のこと、そしてまた吸い始めたこと、
それらが語られているのではないかと。
そして、
そのキーワードがのちのちになって僕に少しずつ、
アチラコチラの色んな場所で、
何かを教えてくれるんじゃないかと。
そんなことを漠然と直感的に思いながら、
ことさら彼女に向かって使っていた。
だけど、
ただそれだけでは無くて、
そもそも「タバコ」という言葉は、
もっとずっと前にそのコの方から何度も使ってきた「キーワード」だったのだ。
僕は、たぶん、無意識的に、
同じ時を過ごした仲間としての意識で、
それを使いたかったのだ。
そしてそれはたぶん、
もともとは僕とそのコだけしか知らないことだったのだから。
彼女には、
その春に出くわした時に言って以来、
その後また吸い始めた話を直接はしていない。
きっと反応がある。
その反応を見てみよう。
必ず何か言う。
僕は確信しながらドアを開けた。
ドアノブを持つ手にはしっかりと吸いかけのタバコを挟んだまま。
外には彼女が男性と2人で立っていた。
僕はそのコを見て「よっ」と声をかける。
すると、
向かって右側に立っていた彼女がすかさず、
僕の手を指差して言った。
「あっ、タバコ!」
僕は心の中だけで、
親しみを込めてちょっと微笑んだ。
#3